社会福祉法人 楽晴会

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創業者紹介
創業者 齊藤甫人

略歴

青森県三沢市の農家(その後このりんご畑などの土地を借りて事業をはじめる礎としたが)の四男・三女の次男として出生する。

兄や姉妹は家のための仕事をし、自分は次男ということもあり、津軽から来た祖父の仕事を手伝うように言われて育った。

この祖父は弁護士であり、村議会議員であった。尻内の裁判所にいつも幼少の時分つれていかれたことが、後々に法律家を目指し法を学ぶきっかけになる。

さらに堪能な英語で、若い頃は東京の西松建設の通訳として、地下鉄掘削工事に使用する大型の掘削機受注に係わる通訳をしたこともある。

戦中は機関士として三陸を運転し、戦後は東京の旧大学に通い学んだ。

そのような国内法の勉強や、戦後の外国人との交流により、人間愛や尊厳、ボランティアに関する論法が、広い視野と実際の国際的な感覚により展開される稀な経営者となる。

福祉事業を経営する以前は、東京から引き上げてすぐ、田舎の何もないところで「手漕ぎポンプ」でアメリカ軍人の車を洗車する仕事をした。その後石油会社の経営・英語学校の経営・飲食店経営・自動車学校の経営など経営者として大成功と失敗を体験した。そして最後に大きな借金も作り、上記の両親の土地を奪われかねない危機にも直面したが、外国人向け賃貸住宅の経営で一定の成功を収める。

昭和42年(38歳)からの老人福祉施設の事業は、当地区ばかりでなく、県内の先人としての歩みだった。東北ブロック老人福祉施設連絡協議会副会長を始め青森県の福祉施設経営者団体副会長、県の共同募金会、社会福祉協議会などで役員等を務めるなど広域で活躍した。

その他には三沢市遊船組合会長、温泉業の役員など、娯楽のない北国の観光事業にも三十年来貢献している。

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